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2026.08.07

熟練の知を型にする。15年の蓄積を糧に、伊予銀行が挑むAI営業

法人顧客を一社訪問する前に、担当行員は膨大な過去の記録と向き合う。CRM(顧客関係管理)システムに刻まれた15年分を超える交渉記録や、断片的な取引情報、そして歴代の担当者たちが積み上げてきた記憶。これらの情報の山から真に価値のある文脈を読み解き、最適な提案を導き出せるかどうかは、個々の行員が持つ経験や勘という属人的なスキルに委ねられてきた。人手不足が深刻化し、若手への技能継承が急務となる地方金融の現場において、情報の整理と解釈に費やされる膨大な工数が、攻めの営業を阻む壁となっている。
2026年7月、TISI株式会社と株式会社伊予銀行が発表した共同実証実験は、この壁を生成AIによって突破する試みだ。長年蓄積されたデータをAIが瞬時に解析し、次の一手を提示する。データの「保管庫」であったCRMを、戦略を練る「参謀」へと進化させる挑戦が、愛媛の地から始まろうとしている。(文=AI Base編集部)

15年の蓄積をAIが解読。CRMと連動する営業支援を実装

2026年7月8日に発表された本プロジェクトは、伊予銀行が2011年のCRMシステム導入以来、15年にわたって蓄積してきた膨大な顧客情報や営業情報を、業務特化型の生成AIで活用する実証実験(PoC)である。実施期間は2026年10月から11月を予定しており、本部および支店の営業行員が参加してその有効性を検証する。

(引用元:PR TIMES

技術的な中核となるのは、TISIが提供する金融機関向けソリューション「fcube(エフキューブ)」CRMシステムと、検証用のプロトタイプアプリケーションの連携だ。行員がチャット画面を通じて特定の顧客に関する質問を投げると、AIがCRMシステムに蓄積された過去の交渉記録などから案件の要点や背景を抽出し、ネクストアクションの候補を出力する。これまで行員が手作業で進めてきた情報の「予習」を、AIが代行する仕組みである。

(引用元:PR TIMES

金融機関としての信頼性を担保するために、システム環境は厳格なセキュリティポリシーに則って構築される。閉域ネットワークを介した接続により情報の安全性を確保しつつ、実務に即した回答の妥当性や可読性、さらには準備時間の短縮といった営業生産性への寄与度を多角的に評価する。今回のPoCは、銀行が長年培ってきた「情報の地層」を、即戦力のナレッジとして再起動させるための実戦的なステップとなるだろう。

記録からインサイトへ。CRMが担う知能継承のパラダイムシフト

TISIと伊予銀行による今回の取り組みが示唆するのは、CRMの役割が「情報の保存」という静的な段階を終え、現場の意思決定を支える「知能の供給源」へ移行したという事実だ。

銀行にとっての最大資産は、顧客との長期的な関係性に基づく信頼の歴史そのものだ。これまではベテラン行員の頭の中にあった「情報の行間を読む力」や「顧客の潜在的なニーズを察知する力」を、AIが膨大な交渉記録から抽出して型として提示する。これにより、経験の浅い行員でも熟練者に近い視点で顧客と向き合えるようになり、組織全体の提案力の平準化が実現する。これは属人化という長年の課題に対する、データの力を用いた構造的な解決策といえるだろう。

また、この進化は地域金融のレジリエンスを強化する有力な手段にもなる。メガバンクやネット系銀行にはない地域密着型銀行特有の重厚なデータを「活用可能なインサイト」へと再定義することは、独自の競争優位性を構築する要因となるからだ。蓄積された過去を、AIという触媒を通じて未来への提案に変換するこの仕組みが、変化の激しい市場環境において顧客と共に歩むための新たな基盤となることが期待される。

金融DXの焦点は「事務の自動化」というフェーズを終え、顧客接点の質をいかに高めるかという「フロント業務の高度化」へと移っている。伊予銀行が提示したモデルは、銀行が長年培ってきた誠実な記録をデジタル時代の武器へと変換し、地域経済を支え続けるための高度な指針となるだろう。AIという新たなパートナーを組織に迎え入れることで、地域金融の価値は次なるステージへと引き上げられていくはずだ。