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2026.07.29

「提案型」の接客をAIエージェントと描く。ホンダが取り組む協働の形

かつての自動車販売店は、顧客が情報を得るための唯一の窓口だった。しかし、スマートフォン一つであらゆるスペック比較や見積もりが完結する今、ショールームを訪れる顧客は、担当スタッフと同等、あるいはそれ以上の知識を蓄えていることさえ珍しくない。現代の営業現場に求められている役割は、カタログスペックの解説ではなく、個人のライフスタイルに深く踏み込んだ「個別具体の提案」へと変質している。

2026年6月、株式会社ホンダセールスオペレーションジャパンが導入した株式会社セールスフォース・ジャパン(Salesforce)のAIエージェントプラットフォーム「Agentforce」は、この接客のあり方を再定義する試みだ。AIが24時間体制で顧客と対話し、営業スタッフの商談準備を自律的に支援する。人とAIエージェントが役割を分担し、顧客体験を最大化させる「エージェンティック・エンタープライズ」(※)への転換が、日本の自動車販売の最前線で始まっている。(文=AI Base編集部)

(※)エージェンティック・エンタープライズ:AIエージェントをビジネスに組み込むことで、人間と協働して業務を遂行する次世代の企業モデル

3カ月で実用化。24時間稼働のAIとスタッフの高度な連携


(引用元:PR TIMES

2026年6月9日に発表されたこの取り組みは、ホンダセールスオペレーションジャパンがデジタル領域での顧客接点を強化し、販売現場の負荷軽減を目指したものだ。導入されたAgentforceはSalesforceが提供するAIエージェントプラットフォームであり、同社はプロジェクトの立ち上げからPoC(概念実証)の開始までをわずか3カ月足らずで実現させた。このスピード感の背景には、既存のデータや業務フローとスムーズに連携できる仕組みに加え、インフラ設計を不要とする製品特性を最大限に活かした判断があった。

具体的な活用範囲は、顧客向けとスタッフ向けの二層にわたる。まずは、モバイルアプリ「My Honda」を通じた24時間365日の顧客応対だ。従来のチャットボットと異なり、AIエージェントは顧客一人ひとりのデータに基づいたパーソナライズな情報提供を行う。自然な会話を通じて試乗予約の申し込みまでをシームレスに完結させる体験は、デジタル領域における利便性を大幅に向上させた。

もう一点は、販売店スタッフに対する業務サポートだ。AIは商談内容を自動で連携するだけでなく、顧客の興味や関心に基づいたプロアクティブな「商談示唆(インサイト)」をスタッフへ提供する。AIが商談の「予習」を代行することで、スタッフは限られた時間の中でより付加価値の高い接客に注力できる環境が整いつつあるのだ。

効率化を超えた「顧客価値」の設計。AIエージェントが拓く新領域

ホンダセールスオペレーションジャパンによる今回のAgentforce導入が示唆するのは、AI活用が「人が指示を出す道具」から、「AIが自律的に支援するエージェント」へ進化したという構造的な転換である。

労働人口の減少という深刻な社会課題に直面する中で、企業が顧客対応品質を維持するためには、単純な事務作業の自動化に取り組むだけでは十分と言えない。AIエージェントの真の価値は、顧客の文脈を深く理解し、先回りして最適なアクションを提示できる点にある。情報収集や提案準備といった、これまでスタッフの時間を奪ってきた「準備プロセス」をAIが担うことで、人間は本来注力すべき「共感」や「深い信頼構築」といった人間にしかできない高度な判断業務へ回帰できるのだ。

人とAIが信頼性の高いプラットフォーム上で統合されるこの姿は、これからの企業が目指すべき「エージェンティック エンタープライズ」の具現化といえるだろう。来店前のデジタル接点から、来店後のアフターフォローまでを一貫した「顧客文脈」で繋ぐ能力は、企業の競争優位性を決定づける不可欠な要素となるはずだ。

企業のAI活用は技術的な実験のフェーズを脱し、具体的な「顧客価値」を設計するための基盤へと移行しつつある。ホンダが提示した人とAIエージェントの協働モデルは、自動車業界にとどまらず、高度な専門性とホスピタリティが求められるあらゆる接客ビジネスにおいて実装すべきインフラとなるかもしれない。AIという名のパートナーが商談の舞台裏を支え、人間がその知能を最大限に発揮する。その調和した関係性の先に、これまで以上に安心で便利なカーライフ体験が、確かな手触りを伴って実現しようとしている。