
生成AIは、文章作成や情報収集を効率化する道具にとどまらない。企業が仕事の進め方を見直す契機にもなりつつある。PRの領域でも、プレスリリース作成、クリッピング、調査、SNS投稿案の作成などは、AIによって効率化しやすくなっている。では、PRエージェンシーに求められる役割はどう変わっていくのか。今回は、株式会社アンティル 執行役員 経営企画室長 AI・デジタル統括の中野晋太郎さんに、PRの現場で進むAI活用と、仕事や日常の中でAIとどう向き合っているのかを聞いた。(AI Base編集部)
お話を聞いたのは…

株式会社アンティル
執行役員 経営企画室長 AI・デジタル統括
中野 晋太郎さん
大手自動車部品メーカーを経て、2011年にベクトルへ入社。家電、食品、外資系製薬、化粧品、飲食、投資ファンド、ITなど多様な領域のコーポレートPRを手掛ける。その後、人事・組織開発へ活動領域を広げ、2020年にアンティルで人事組織開発室を立ち上げ、2022年に経営企画室長に就任。2023年にはAI業務推進室を設立し、生成AIの社内活用やガイドライン整備、人材育成を推進してきた。現在は、経営企画と組織づくりの視点から、PRの現場にAIをどう取り入れるかを社内外に伝えている。
株式会社アンティルは、ベクトルグループのPRエージェンシーとして、PR戦略の立案・実行、メディアリレーション、デジタル施策などを手掛けている。企業やブランドの情報を、社会にどう届けるか。その設計から実行までを支えている。
同社で経営企画室長、AI・デジタル統括を務める中野晋太郎さんは、中期経営計画の策定に加え、組織づくり、人事・採用、労務、AI・デジタルの社内実装まで幅広く担っている。経営と組織の両面から、PRの現場にAIをどう取り入れるかに向き合ってきた。
中野さんは、AIを単なる効率化の道具とは見ていない。仕事の前提が変わる以上、企業はその変化を読み、先に手を打つ必要があると考えている。
「AIがこれだけ進化している以上、我々の業界だけでなく、あらゆるビジネスの形が変わっていくのは当然だと感じています。その変化を予測し、対応していくことが、どの企業にとっても必要になっています」(中野さん)
PR業界も、その変化と無縁ではいられない。
PRエージェンシーの仕事には、プレスリリースの作成、メディアリストの整備、クリッピング、調査・要約、SNS投稿案の作成など、定型化しやすい実務も少なくない。生成AIの精度が上がれば、そうした作業の一部はクライアント側でも進めやすくなる。
中野さんは、広報業務の多くにAIが入り始めている現状を踏まえ、今後2〜3年でPRエージェンシーに求められる役割は変わっていくと見ている。AIに任せやすい業務が増える一方で、人が担う領域は、メディアリレーション、危機管理対応、株主対応、経営に近いコミュニケーション設計などへ重心を移していく。
「クライアント側でコンテンツ制作ができるようになれば、従来の業務だけでは十分に価値を提供することは出来なくなります。だからこそ、PR会社はより深い支援や、従来とは異なる役割を担っていかなければなりません。アンティルでは、1年以上前からその準備を進めてきました」(中野さん)

ただし、中野さんの話は、AIへの危機感だけで終わらない。中野さんが見据えているのは、AIを前提にPRの仕事を組み直すことだ。
「AIで生産性を上げるだけでは不十分です。ベクトルグループが蓄積してきたPRのノウハウを、AIでも扱える形に整えていく。品質を一定水準に保ちながら、人がより重要な判断に時間を使えるようにすることが大切だと考えています」(中野さん)
その考え方を具体化した取り組みの一つが、アンティル独自の「7Dメソッド」である。
PRの現場では、「この情報はメディアに取り上げられるか」「社会の関心を呼ぶか」「ニュースとして成立するか」といった判断が、経験豊富なPRパーソンの感覚に支えられてきた。そこには、現場で積み重ねられてきた確かな経験値がある。一方で、判断基準が言語化されていなければ、組織として共有することは難しい。
中野さんは、これからのPR会社にとって重要なのは「ノウハウとデータ」だと語る。
「PRの仕事には、こういう情報は世の中の関心を惹きやすい、こういった情報は加工しないとメディアの方に興味を持ってもらえない、という膨大な経験値があります。炎上時には何を考え、どのように対応し、何をしてはいけないのか。大企業とスタートアップではPRのやり方において何が違うのか。そうした一つひとつのケースに対する判断の蓄積が、PRのノウハウだと思っています」(中野さん)
7Dメソッドは、こうしたノウハウを複数の評価軸に分解し、AIでも扱える形に近づけるためのフレームワークである。たとえば、社会や生活、経済への影響、いま報じる必然性、読者との距離の近さなどを評価軸に置き、PRコンテンツを多面的に捉える。

「一般的な生成AIにそのまま任せても、60点くらいのアウトプットにはなるかもしれません。ただ、そこから70点、80点に引き上げるには、PRの判断基準が必要です。7DメソッドをAIに組み込むことで、まず80点まで引き上げ、最後は人間の手で100点に仕上げる。そういう考え方です」(中野さん)
この考え方は、同社が提供する広報DXサービス「PRai」にも取り入れられている。製品情報や発信の方向性を入力すると、7Dメソッドに基づいてプレスリリースの下書きを作成したり、情報のニュース性を評価したりできる。今後は、AIによるクリッピングや論調分析にも機能を広げていくという。
もっとも、中野さんが目指しているのは、PRの仕事をAIに任せきることではない。AIに任せる部分と、人が判断する部分を見極めることだ。
PRにおける人の仕事は、情報を文章に整えることだけではない。社会の空気を読み、文脈を組み立て、関係者の利害を踏まえながら、企業としてどのような姿勢を示すべきかを考えることにある。AIで作業の手間を減らした分、人は判断や関係構築に時間を使う。この発想に、中野さんの考えるAI時代のPRのあり方が表れている。
アンティルでは、AIの利用は一部の試行にとどまらず、日常業務の中に入り込んでいる。同社のAI使用率はログとして取れる範囲では90%、最新の検証状況では、社員の約98%が日常的に使っているという。
AIの稼働回数も、ベクトルグループ内で高い水準にあるという。社内のAIエージェントは、1カ月で5,500回ほど呼び出されている。150人弱の組織であることを考えると、AIが日常的に使われている様子がうかがえる。
「AIがないと仕事が回しにくい状態になっています。ただ、単にツールを入れているだけではありません。この作業はAIでできないのか。AIでやるなら、どうすればできるか。まずはそう考えることを全社で大事にしています」(中野さん)
大切なのは、業務をそのままAIに置き換えようとしないことだ。業務を分解し、人が担う部分とAIに任せる部分を見極める。そのうえで、指示の出し方だけでなく、業務フロー自体を組み直す。こうした考え方が、社内に根づき始めているという。
働き方にも変化が出ている。アンティルでは、前年同月比で社員の残業時間が約24%減少したという。
「経験のある人は、AIを使うことで、より難度の高い仕事に時間を使えます。一方で、経験の浅い人も、AIによって一定の土台ができた状態から始められる。その分、自分が考えるべき部分に集中できます。結果として、育成のスピードも上がっていると感じます」(中野さん)
同社では、PRの知見とデジタルへの理解を併せ持つ人材を育てるため、全社員向けのAI研修も続けている。AIを使うだけでなく、AIエージェントを作る、AIを使って新しい仕事の進め方を生み出す、といった段階まで視野に入れている。
PRの知見だけでも、AIやデータへの理解だけでも十分ではない。両者を行き来しながら、実際の仕事に落とし込める人材を増やすことを、同社は重視している。

では、中野さん自身は、日々どのようにAIを使っているのか。最初に手応えを感じたのは、仕事ではなくプライベートでの利用だった。
「最初にAIをよく使うようになったのは、ダイエットでした。食べることもお酒を飲むことも好きなので、カロリーコントロールが必要なんです」(中野さん)
以前は健康アプリに食事内容を入力し、コンビニ商品のバーコードを読み込ませながら管理していた。今はChatGPTに食べたものを送ると、カロリーを計算し、一日の摂取上限に対して、あとどれくらい食べられるかを示してくれる。コンビニで買える商品の組み合わせまで提案されるという。
「これがすごく楽でした。あとどのくらい食べられるか、セブン-イレブンならどの商品がよいかまで出してくれる。そこから、プライベートで何をする時もAIを使ってみるようになりました」(中野さん)
子育てでもAIを使っている。2歳の子どもが喜ぶものを作れないかと考え、子ども向けのカードのような画像を生成することもある。趣味の投資では、AIを壁打ち相手にしているという。
仕事では、複数のAIを用途に応じて使い分けている。社内で利用が認められているGemini、Claude、ChatGPTに加え、社内エンジニアが開発したSlack上のAIエージェントも活用している。
「社内のAIエージェントには、Webリサーチやクライアント関連の記事の収集を任せています。ChatGPTにはクライアント向け提案に使うダッシュボードを作らせ、ClaudeにはAI研修の企画立案から資料作成まで依頼しています」(中野さん)
以前は、部下に依頼し、数日後に上がってきたものを確認しながら仕事を進めていた。今は、その一部をAIエージェントが担っている。AIは夜間も動き、スマートフォンがあれば外出先からでも指示を出せる。
「もちろん、最後は人間がブラッシュアップしなければなりません。ただ、AIがあることで、人事採用、AI統括、経営企画など、複数の業務を同時並行で進められるようになりました。昨年と比べると、自分の業務量は3倍くらいになっている感覚があります。頭はかなり使いますが、これまでやりたくても手が回らなかったことに取り組めるようになったのは、個人的には良い変化だと思っています」(中野さん)

中野さんが大切だと考えているのは、AIごとの得意不得意を知ることだ。
「ChatGPTが得意なことと、Claudeが得意なことは違います。さらには、モデルによっても得意分野が違う。それぞれの特徴を知ったうえで使い分けると、仕事の進め方は大きく変わると思います。まずは無料のプランでも構わないので、試してみるところから初めてみるとよいと思います」(中野さん)
まだAIを十分に使えていない人に向けて、中野さんは「趣味からでいい」と語る。
「英語を話せる人材の希少性と価値は、今も高いですよね。これからは、AIを活用できるスキルがそれに近いものになっていくと思います。だから、まだAIに取り組んでいない方がいるなら、本当に趣味からで大丈夫なので、まずは使ってみたほうがよいと思います」(中野さん)
AIを特別なものとして遠ざけず、日々の生活や仕事の中で、まずは少しずつ使ってみる。その積み重ねが、個人の仕事の幅を広げ、やがて組織の力にもなっていく。
PRの仕事は、AIによって単純に置き換えられるものではない。定型的な作業をAIが支えるようになるほど、人が担う判断、文脈づくり、関係構築の重みは増していく。中野さんの話は、AI時代の仕事を考えるうえで、実務に根ざした手がかりになる。
【AI活用のヒント】
・業務を分解し、AIに任せる部分と人が判断する部分を見極める
・ChatGPT、Claude、Geminiなど、それぞれの得意不得意を理解して使い分ける
・ダイエット、子育て、投資など、身近なテーマから試してみる