
AIは仕事を効率化する道具にとどまらない。人の知性や行動範囲そのものを書き換え始めている。そんな変化を「産業革命の真っただ中」と表現するのが、GMOペパボ株式会社で新規事業開発を担う吉本康貴さんだ。AIの登場で開発のスピードはどう変わったのか。仕事や子育てにAIをどう取り入れているのか。実践の最前線から、生成AI時代の働き方を聞いた。(AI Base編集部)
お話を聞いたのは・・・

GMOペパボ株式会社
事業開発部エンジニアリングリード
吉本 康貴さん(写真右)
2012年から理学療法士として介護施設の運営に携わり、2015年に統括責任者に就任。経営の立て直しを経て、2020年6月に29歳で未経験からWebエンジニアへ転職した。現在はGMOペパボ株式会社の事業開発部でリードエンジニアを務めている。
理学療法士として介護施設の運営に携わり、その後、未経験からWebエンジニアへ転じた吉本康貴さんは、GMOペパボ株式会社の事業開発部で新規事業開発を担っている。配信者向けの配信画面作成サービス「Alive Studio by GMOペパボ」などを手がける吉本さんは、エンジニアリングリードとして、単に開発を前に進めるだけでなく、生成AI時代にどのような価値をつくり、市場やユーザーにどう届けるべきかまで視野に入れている。
そんな立場にいる吉本さんは、昨今のAIの進化を「産業革命の真っただ中」と表現する。
「一言で言うならば、産業革命の真っただ中に生まれていて、働いているという感覚です。これまでの産業革命が、人間の作業をより効率化し、自動化する方向だったとすれば、生成AIは人間の知的活動そのものを拡張するものと言えるでしょう」(吉本さん)
この言葉は、単なる便利な業務ツールとしてAIを見ていては捉えきれない変化の大きさを示している。人が従来できたことを速くするだけではない。これまで手が届かなかった領域にまで、仕事の可能性を押し広げているという認識である。実際、吉本さん自身、AIによる働き方の変化を「楽しい」と強く感じる一方で、同時に強い疲労も覚えるという。
「とても楽しい反面、ずっと追い続けていくと疲れも同時に感じます。AIを前提に仕事をしていると、一日が終わる頃には脳が活動を停止したがるほどです。それでも、あれもやりたい、これもやりたいと思うから手が動いてしまう。限界ぎりぎりまで毎日動かしている状態ですね。それくらい楽しいです」(吉本さん)
印象的なのは、吉本さんが語る「楽しさの質」が変わった、という点だ。以前のエンジニアリングでは、思いついたものを形にし、検証可能な水準まで持っていくのに相応の時間がかかった。いまはそこが大きく短縮された。考えたことをその日のうちに形にし、見せて、試し、次に進める。この速度そのものが、仕事の手触りを変えている。
「これまでは数日かかっていたものが、AIを活用することで数時間、早ければ数十分でできる。考えたことがすぐ形になる。この体験は明らかに違います」(吉本さん)
ただ、吉本さんがより本質的な変化として挙げるのは、スピードだけではない。
「これまでの自分のスキルセットや知識、技術では実現できなかったところにも、生成AIによって手を伸ばせるようになりました。これまでの自分の領域を越えて、どんどん手を伸ばしていけるんです。越境した先が自分のテリトリーになると、そこからさらにもう一歩先に行ける。この広がりが、いまの一番大きな楽しさですね」(吉本さん)
この変化は個人の働き方にとどまらず、新規事業開発そのものの在り方も変えつつある。従来、Webサービスやアプリ開発では、エンジニアの開発工数がボトルネックになっていた。だが、生成AIによってコーディングコストが大幅に下がり、アイデアを形にするまでの距離が一気に縮まった。
「開発環境は劇的に変わり、組織の意思決定や役割分担まで含めて、前提を組み替える必要が出てくるように思います。AIによって仕事の速度が上がったことで、これまでのビジネス構造や組織構造が追いつかなくなっている。だからこそ、いま必要なのはツール導入に留まらず、働く人の意識と考え方そのものを更新することが重要です」(吉本さん)
では、吉本さんは実際にどのようにAIを使っているのか。特徴的なのは、公私をまたいで「何でも相談できる相棒」として位置づけている点である。
プライベートでは、自宅の手のひらサイズの小型コンピュータ「Raspberry Pi」上でOpenClawを動かし、自分専用の相談相手として使っている。OpenClawとは、複数の生成AIモデルを一つの窓口から利用できるサービスである。
日常の出来事、今週の予定、移動中のちょっとした判断、さらには確定申告まで、思いついたことをその都度投げているという。たとえば東京出張の帰りに「今からどこに行けばいい?」と聞けば、その日のフライト情報から必要なターミナルを返してくれる。確定申告の壁打ちをした際には、従来なら半日から一日かかっていた作業が、2時間足らずで終わったという。
さらに興味深いのは、吉本さんがAIに日記のフィードバックまで求めていることだ。家族や子どもとの関わりを振り返る日記を読み込ませると、「理想を追い求めすぎているのではないか」「言葉の表現を少し変えればよいのではないか」といった別の視点を返してくれる。自分の思考や感情をひとりで抱え込まず、AIを通じてもう一段深く見つめ直す。
「AIに自分の情報を覚えさせることに抵抗がある方もいると思います。もちろん、仕事の情報で入れるべきではない情報もあります。そのうえで、可能な範囲で全部を投げてみると、本当に何でも相談できるんです。これまで一人で悶々と考えていたことに、別の解釈が生まれる。新しい発見や深掘りができるようになる。本当に相棒ですね」(吉本さん)
一方、仕事においても活用は徹底している。GMOペパボでは全職種のメンバーがAIを活用している。重要なのは、一部のエンジニアだけが先行するのではなく、組織全体でAI前提の働き方に移行しようとしている点だ。

「いまのAIエージェントは、1990年代に登場したWindowsのようなものだと思っています。使い慣れないキーボードやマウスではなく、電卓や紙とペンで十分と言っていた人もいましたよね。使わないと何が起きているか分からない。だから、まず触ってもらう。触れば価値が分かるんです」(吉本さん)
また、子育てにおけるAIの捉え方も興味深い。吉本さんは、5歳の娘にスマートフォンを渡し、ChatGPTアプリで会話させている。ハルシネーション(AIが「もっともらしいが事実とは異なる内容」を自信ありげに生成してしまう現象)や偏った思考形成を懸念して子どもに使わせることをためらう声も多い。しかし吉本さんは、それをAI特有の問題とは見ていない。親もまた、誤った前提知識や偏りを子どもに与えうる存在だからだ。問題はAIか人間かではなく、子どもが一つの情報源だけに閉じないよう、家庭でどう支えるかにあるという考え方である。
「AIだから駄目、という話ではないと思っています。AIの問題は、もともと日常にあった問題でもあります。だからこそ、『AIはそう言っていたけれど、君はどう思う?』『ほかの人はどう言っているだろうね』と声をかけるようにしています」(吉本さん)
まだAIを十分に使えていない人は、どこから始めればよいのか。吉本さんの答えは明快だ。
「まず使ってみてほしい。それに尽きます。使えない理由があるなら、まずはそれを言葉にして整理してみるとよいと思います。そして、『なぜ使えないのか』を自分に問い直してみる。個人情報が学習されるのが嫌、仕事で使うのが怖い、何を聞けばよいか分からない。理由を言語化し、さらにその最大リスクを具体的に考える。そのうえで、飛び込んでみることです。明らかなメリットがあるものに踏み出さないのは、もったいないと思いますよ」(吉本さん)
【AI活用のヒント】
・AIは作業を速くするだけでなく、自分の役割や発想の幅を広げる存在になり得る
・AIは検索の代わりではなく、思考や内省を深める相棒として使うと真価が見えやすい
・使わない理由を言葉にし、リスクを整理したうえでまず試すことが活用の出発点になる