広大な河川の管理計画や、数十年先を見据えた下水道の設計図。水インフラという極めて専門性の高い領域を支えているのは、インターネット上で得られる一般論ではなく、企業内に沈殿する独自のノウハウである。数十年分におよぶ設計図書や技術資料、そして熟練技術者たちが積み上げてきた「泥臭い経験」――。こうした社内固有の知見こそが、実務の核心にある。ゆえに、どれほど高性能なAIであっても、組織の外部にある知識しか持たない知能では、現場が切望する「あの土地に関する、あの判断」の根拠には辿り着けなかった。
汎用AIが突き当たったこの「専門性の壁」を、日本のインフラを支える老舗企業がスタートアップの知能を借りて突破した。株式会社日水コンが実現した700ID規模のAI本格運用は、単なるツールの配布ではない。それは、組織に眠る膨大な「暗黙知」をデジタルな神経系へと統合し、技術継承のあり方を根底から書き換える試みである。トップダウンの号令ではなく、現場の共感から始まった知能化のプロセスが、コンサルティングの未来を大きく変えようとしている。(文=AI Base編集部)

(引用元:PR TIMES)
「水」を専門とする建設コンサルタントの日水コンが、東京大学発のAIスタートアップである株式会社Lightblueの生成AIアシスタントを本格導入した。当初、同社は2024年の検討開始段階でChatGPTの導入を模索していたが、専門性の極めて高い水インフラ事業においては、汎用的な知能だけでは実務に耐えられないという課題が浮き彫りとなった。過去の設計事例や独自の技術基準といった「社内ナレッジ」をいかにAIに扱わせるか。その一点において、社内データ連携に強みを持つLightblueが選ばれたのである。
しかし、技術が優れていれば即座に組織が変わるわけではない。100IDで開始した試験導入当初、現場の利用率は20〜30%と低迷した。「多忙でAIを学ぶ余裕がない」「具体的な使い道が見えない」という現場の拒絶反応は、多くの日本企業が直面する共通の障壁だ。
ここで日水コンが取った策は、強制ではなく「伴走」だった。Lightblue社と連携したワークショップや、各部門のキーマンによる個別相談会を地道に展開。AIが自分たちの「敵」ではなく、面倒な作業を肩代わりしてくれる「味方」であることを、実務を通じて証明していったのだ。
この現場主導の意識改革は、爆発的な利用希望者の増加をもたらした。現場からの「使いたい」という声に突き動かされる形で、ライセンス数は一気に700IDへと拡大。現在では主要な部門を中心に、原則全員がAIを手にしている。
2025年12月には部門横断型の生成AI推進チーム「NAV-X」を始動させ、ナレッジ検索の精度向上や技術継承の仕組みづくりが加速している。組織の隅々にまでAIが浸透したこの環境は、建設コンサルタント業界におけるDXの最先端モデルといえるだろう。
日水コンの事例が示唆するのは、企業向けAIの本質的な役割の変化だ。AIはもはや「何かを教えてくれる道具」ではなく、組織の歴史をすべて把握し、次の一手を共に考える「知的なパートナー」へと進化した。
建設コンサルタント業界が直面している最大の難問は、団塊ジュニア世代の退職に伴う「技術継承の断絶」である。ベテランの頭の中にあったノウハウや、膨大な過去資料に埋もれた知見をどう若手に引き継ぐか。日水コンは、AIをこの「知の架け橋」として位置づけた。
蓄積された技術資料から最適な情報を瞬時に抽出できる体制は、若手技術者の教育コストを劇的に下げると同時に、熟練者が培った「質」の担保を組織全体で可能にする。個人の「勘」をAIによって形式知化し、民主化するこのプロセスは、2040年問題という労働力不足の極北へ向かう日本にとって、避けて通れない生存戦略である。
また、この知能化はコンサルティング業務の付加価値を再定義する。資料の収集や要約といった「作業」をAIが担うことで、人間は情報の背景にある意味を読み解き、顧客に対してより創造的な提案を行う「解釈と構想」の領域に集中できるようになる。AIを導入したことで人間が楽をするのではなく、人間がより人間にしかできない高度な判断へと回帰していくのだ。
2026年、AIは「外から借りてくる知恵」であることをやめ、「組織自らが育てる知能」となった。日水コンとLightblueが築き上げたこの基盤は、水インフラという国の生命線を守るだけでなく、日本の知的産業が再びグローバルな競争力を取り戻すための強固な盾となるだろう。