生成AIに「おしゃれな画像を」と命じれば、整ったビジュアルは数秒で手に入る。しかし、それが自社のブランドらしいかと言えば、話は別だ。微細な色使い、余白の取り方、画面全体に漂う重厚さや軽やかさ――。熟練のクリエイターが守り続けてきた「こだわり」をAIに伝えるには、膨大なプロンプトと果てしない試行錯誤が必要だった。
この「感性の壁」を、テクノロジーが乗り越えようとしている。株式会社AuthenticAIが発表した「Maison AI(メゾンエーアイ)」のアップデートは、ブランドの「哲学」そのものをAIにインストールする試みだ。AIが企業のアイデンティティを深く理解し、守るための「感性の守護者」となったとき、クリエイティブの現場にはどのような変革が訪れるのだろうか。(文=AI Base編集部)
(引用元:PR TIMES )
2026年1月15日、企業向け生成AIプラットフォームを展開するAuthenticAIは、同社が提供する「Maison AI」において、カスタムAIエージェント機能の文章理解力を向上させるアップデートを実施した。今回の進化の核心は、デザイナーやマーチャンダイザーが持つ、言語化しにくい「デザインの暗黙知」をAIが忠実に再現できるようになった点にある。
これまでの画像生成AIの活用における最大の課題は、出力されるビジュアルの一貫性だった。同じブランドのプロモーションであっても、操作する担当者によってプロンプトの書き方が異なり、結果としてブランドのトーン&マナーがバラバラになってしまうという問題が頻発していた。ブランドの「世界観」を維持するためには、AIの挙動を制御するための高度な専門知識が求められていたのだ。
今回のアップデートによって誕生した「カスタムデザインエージェント」は、このプロセスを根底から変える。ユーザーは、ブランドのタグラインやターゲット層、大切にしているデザイン哲学、さらには「あえて余白を広く取る」「彩度を抑えたニュアンスカラーを好む」といった具体的なこだわりを、自然な文章でエージェントに設定するだけでいい。
AIは入力された文章の文脈を深く理解し、そのブランド特有の「空気感」を学習する。一度設定が完了すれば、利用者は都度複雑なプロンプトを入力する必要はない。「今季の新作バッグを使ったSNS用画像を作って」という簡潔な指示を出すだけで、AIはブランドのDNAを反映した一貫性のあるビジュアルを出力する。
公開されたデモンストレーションでは、ラグジュアリーブランドのデザイン思考を搭載したエージェントが、衣服の構造やシルエットの美学を理解した上で、極めて精度の高い提案を行う様子が示された。素材の質感や職人技(クラフトマンシップ)への洞察、ファッション史に裏打ちされた教養までもが、AIという器の中に「知能」として格納されている。これは単なる画像生成の効率化ではなく、ブランドの「感性」をデジタル化し、組織の共有資産へと昇華させる試みに他ならない。
(引用元:PR TIMES ) カスタムデザインエージェントによる生成画面
(引用元:PR TIMES ) 通常のAIチャットによる生成画面
この技術がもたらす最大のパラダイムシフトは、組織における「クリエイティビティの民主化」と「ブランド管理」の新しいあり方だ。
これからの時代、AIによって「高品質な画像」はコモディティ化(※)していく。誰でも綺麗な絵が作れるようになるからこそ、企業にとって最も重要な資産は「自社にしか出せない独自のニュアンス」となる。しかし、これまではその判断基準が特定の熟練デザイナーに依存する「属人化」の状態にあり、組織全体に浸透させるには多大な教育コストが必要だった。
※差別化の消滅や他との差がなくなり同質化してしまうこと
「Maison AI」が提示したのは、AIを「感性のテンプレート」として機能させるモデルだ。広報、マーケティング、SNS担当など、デザインの専門家ではない社員であっても、社内で共有されたデザインエージェントを介することで、ブランドイメージを損なわないアウトプットを自発的に生成できるようになる。これは、AIを活用した「ブランド・ガバナンス」の新しい形だ。デザイナーはルーチン化したビジュアル制作から解放され、より上流のコンセプト立案や、AIには不可能な「非連続なイノベーション」にリソースを集中させることが可能になる。
また、AIを「感性の拡張パートナー」と定義する視点も重要だ。AIは人間が思いもよらなかった角度からブランドのDNAを再解釈し、新たなビジュアル表現を提示してくれることもある。抽象的なイメージを高速に具体化するAIの力は、商品企画の初期段階におけるムードボード作成や、外部制作会社へのオリエンテーションの精度を劇的に向上させるだろう。
AIは「計算機」の域を完全に脱し、企業の「アイデンティティ」を宿す存在へと進化した。デザインの微細なニュアンスを理解し、守り、そして拡張し続ける知能の登場は、ファッションやライフスタイル業界における創造性の定義を書き換えていく。
かつて、ブランドの魂は人の手の中にしかなかった。しかし今、テクノロジーという新たな翼を得ることで、その魂は組織全体に、そしてデジタル空間の隅々にまで一貫性を持って波及していくことになる。私たちは今、技術が人間の感性を追い越すのではなく、技術が人間の美学を永遠のものにする新しいクリエイティブ時代の入り口に立っている。