
AI技術の進化は、クリエイティブ領域の可能性を大きく広げている。活躍するビジネスパーソンやクリエイターにAIへの見解や活用術を聞く本連載。今回は、長く映像制作に携わったのち、現在は面白法人カヤックで多方面のプロジェクトを手掛け、数多くの受賞歴を持つ天野 清之さんに話を伺った。プログラマーやデザイナー、経営など様々な視点を持つ天野さんの、AI活用戦略とは!?(AI Base編集部)
お話を聞いたのは

面白法人カヤック XR事業部 事業部長・M&A責任者
株式会社カヤックアキバスタジオ CXO
天野 清之さん
天野さんは、AIの急速な進化によって「新時代のクリエイター像」が誕生しつつあると捉えている。例えば、文章を得意とする小説家が、自身の感性をAIと並走させながら、絵やアニメーション制作の工程をAIに「搬送」(任せる)させることで、一人でアニメ作品を完結させられる文化が生まれる可能性がある。AIは、クリエイターが持つ得意分野を拡張し、制作能力の「壁」を突破するための強力なツールとなり得る。「クリエイターは『どこの部分を自分が手動かして、どの部分を搬送させるか』という線引きを選択する時代になる」と天野さんは語る。
一方で、作品の価値観においても、デジタルとアナログの棲み分けが重要だ。アナログ作品には「手づくり」「一点物」、そして「ストーリー」といった付加価値が存在し、消費者は同じ価格であればストーリーを感じる方を選ぶ傾向がある。この哲学はAIで生成する作品においても適用され、「その人が欲しがるところの感性」に訴えかける要素をどこに残すかが問われる、と天野さんは解説する。
天野さんは、プログラマーとデザイナーなど、自身が様々な視点をもっていることを活かし、クライアントからプロジェクトで活用できるAI画像生成ツールを独自開発している。天野さんは「AI画像生成ツールを開発するうえで重要なのは、(ツールを使う)デザイナーの「スタディコストがかかる」ことを防ぎ、誰もが使えるシンプルなインターフェースを構築することだ」と語る。
AIモデルの精度向上には「メタデータ」が不可欠だが、デザイナーの頭の中にある「脳内の定義」のような暗黙知が言語化されていないことが課題となる。そこで天野さんは、企画書やメモ、プレゼンテーション資料などに残された「痕跡」を読み取り、デザイナーの意図を解読して高精度なモデルを生成するコンサルティングを行っている。これは、ネット上の大量の画像を学習させるだけでなく、「デザイナーの思考を解読する」ことを重視した高度なAI活用だ。
天野さんの日常業務におけるAI活用は多岐にわたるが、特に効果が大きいと感じているのは、情報収集や学習の「超高速化」である。これまで理解に時間を要していた専門領域に対しても、AIの補助により短時間で把握できるようになり、業務の幅が拡大したという。例えば、専門性の高い論文に含まれる用語が直訳では意味をなさない場合でも、AIが文脈を踏まえて適切に解釈・説明してくれる。「社会に出てから不可欠な『目的を持った学習』を支えてくれるAIは強力なツールです。以前よりも学びに対する意欲が高まりました」と天野さんは嬉しそうに語る。
また、AIの導入は、業務上の「メンタルエネルギー」の節約にも寄与している。長文メールの読解に時間と集中力を費やすことが負担となる場面では、AIによる要約機能を活用しているという。メールを受け取るとまずAIに要約・整理させ、その概要を確認することで、必要な情報を短時間で把握できる。特に感情的な表現が多い文章を直接読む場合に比べ、思考のリソース消耗を大きく抑えられる点が利点だ。
さらに、マーケティング戦略の立案やリサーチ業務においても、AIの活用が進んでいる。「これまで調査会社に依頼していた作業の一部は、AIによって代替・補完できるようになりました。労働人口やターゲット層の可処分時間、特定製品の所有率といった複数データをAIで統合的に分析することで、戦略の解像度が格段に高まりました」と天野さんは語る。
AI活用にまだ慣れていない読者の方へのアドバイスとして、天野さんは「まずはプライベートな領域で試してみること」を勧める。「先日競馬に初めてチャレンジしたのですが、馬券をどのように購入すれば良いか、AIは膨大な情報を即座に整理し、購入候補を提示してくれました(笑)『大穴狙い』などリクエスト内容に応じて分析視点を変える柔軟性もあり、こうした分析結果を通して自然と競馬の知識も深まっていきました。未知の領域でAIを試すことで、その実力を体感できるはずです。そこから自分の得意分野に応用し、『できる幅』を広げていくのが有効なアプローチだと思います」と語った。
【AI活用のヒント】
・AIに「搬送」する領域と、自身の感性やストーリーを加える領域を明確に線引きする
・長文メールはAIに要約・整理させることで効率化だけでなく「メンタルエネルギー」の温存にもつながる
・まずはゲーム感覚でもよいので試してみて、自分の「得意分野の拡張」へとつなげる